「清水の舞台から飛び降りる」という表現は、江戸時代から現代に至るまで、多くの人々に知られている日本のことわざの一つです。
ビルの4階相当の高さを持つ清水寺の舞台から飛び降りるという、文字通り命がけの行動が、今では「思い切った大きな決断をする」という意味で広く使われています。
この記事では、そんな「清水の舞台から飛び降りる」の意味や由来、さらには実際の使い方や例文、類義語、そして英語・中国語での表現方法について詳しく解説していきます。
重要な決断を下す際にこの言葉がどのように役立つかを、具体的な例を交えてご紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
ことわざ「清水の舞台から飛び降りる」の意味・読み方
意味:一大決心をして事を行う。 出典:デイリーコンサイス国語辞典
「清水の舞台から飛び降りる」(きよみずのぶたいからとびおりる)ということわざは、日本人なら一度は耳にしたことがあるでしょう。
この表現は、「思い切って物事を行う」「大きな決断をする」という意味で、日常生活やビジネスシーンで頻繁に使われています。
京都の清水寺にある「清水の舞台」はビルの4階に相当する崖の上にあり、江戸時代には、願掛けのためにこの舞台から実際に飛び降りた人々が多く、清水寺成就院日記には234人が飛び降りたと記されています。
この過酷な行動を、現代では「大きな決断をする」という比喩として用いています。
「清水の舞台から飛び降りる」のこのことわざは、覚悟を決めた上での決断を表現する際に最適なフレーズです。
その語源や背景を知ることで、さらに深い理解を得ることができるでしょう。
高校生が使える「清水の舞台から飛び降りる」の例文を短文で紹介
「清水の舞台から飛び降りる」ということわざは、大きな決断をする時や、思い切った行動を取る際に使われる表現です。
高校生にも身近なシチュエーションでこの表現を使う場面があるかもしれません。以下に、高校生が使える例文をいくつかご紹介します。
これらの例文は、普段の学校生活や友人関係、部活動、アルバイトなど、さまざまなシーンで使うことができるため、ぜひ参考にしてみてください。
「清水の舞台から飛び降りる」の使い方
「清水の舞台から飛び降りる」ということわざは、日常生活では特に値段の高い物を購入する時や、重要な選択をする時などに用いられます。
では、どのように使えばよいのでしょうか?以下で具体的な使い方を見ていきましょう。
1. 大きな買い物をする時
たとえば、高額な商品や贅沢品を購入する時に、「清水の舞台から飛び降りる」という表現がよく使われます。
これは、その購入が自分にとって大きな決断であり、勇気が必要であることを示しています。
例: 清水の舞台から飛び降りる気持ちで、最新のスマートフォンを購入した。
2. 値段を大きくまける時
逆に、商売をしている側が値引きをする場合にも、この表現が使われることがあります。
大きな値引きをすることで、売り上げに影響が出るかもしれないという覚悟を表します。
例: 清水の舞台から飛び降りる覚悟で、セール価格を設定した。
3. 人生の転機となる決断をする時
転職や進学、結婚など、人生の大きな決断をする際にもこの表現は適しています。
どんな結果が待っているかわからないけれど、勇気を持ってその一歩を踏み出すことを表現するのにぴったりです。
例: 清水の舞台から飛び降りる思いで、留学を決意した。
4. 間違った読み方に注意
「清水の舞台から飛び降りる」の「清水」は、「しみず」ではなく「きよみず」と読みます。
この読み間違いはよくあるので、使う際には注意が必要です。
このように、「清水の舞台から飛び降りる」ということわざは、さまざまな場面で使われます。
特に、結果が不確実な中で大きな決断を下す時に、その覚悟や勇気を強調するのに最適な表現です。
「清水の舞台から飛び降りる」の類義語・似た意味のことわざ
「清水の舞台から飛び降りる」ということわざと同じような意味を持つ類義語や似た意味のことわざを紹介し、それぞれの意味や使い方を解説します。
類義語・似た意味のことわざ | 意味 | 例文 |
運を天に任せる(うんをてんにまかせる) | 「運を天に任せる」は、結果を天に委ねるという意味で使われますが、思い切って行動を起こす際にも使われることがあります。これは、結果がどうなるか分からない状況で、運に任せて勇気を出して行動するというニュアンスです。 | 「運を天に任せて」、難関校に志願した。 |
背水の陣(はいすいのじん) | 「背水の陣」は、逃げ場がない状況で最後の決断をすることを意味します。これは、もう後がない状態で、全力を尽くす覚悟を示す表現です。漢の名将が退路を断つために川を背にして戦った故事に由来しています。 | 「背水の陣」で受験勉強に挑んだ。 |
大博打を打つ(おおばくちをうつ) | 「大博打を打つ」は、非常にリスクの高い賭けに出ることを意味します。大きなリターンを期待して、リスクを承知の上で思い切った行動を取る場面で使われます。 | 起業するために、「大博打を打って」すべての資産を投入した。 |
一か八かの賭けに出る(いちかばちかのかけにでる) | 成功するか失敗するか分からないが、勝負をかけることを意味します。これは、ギャンブルのように結果がどう転ぶか分からない状況で、あえてリスクを取ることを表します。 | 「一か八かの賭けに出て」、留学を決意した。 |
これらのことわざや表現は、どれも「清水の舞台から飛び降りる」と同じように、大きな決断や覚悟を必要とする場面で使うことができます。
それぞれのニュアンスを理解して、適切な場面で使い分けると良いでしょう。
「清水の舞台から飛び降りる」の由来・語源
「清水の舞台から飛び降りる」ということわざは、日本人にとって深く親しまれている表現ですが、その由来や語源についてはあまり知られていないことも多いです。
このことわざの背景には、京都の名所である清水寺が大きく関わっています。
「清水」とは、京都市東山区にある清水寺(きよみずでら)のことを指します。
清水寺は、北法相宗の総本山であり、古くから信仰の対象として多くの人々に尊ばれてきました。
特に有名なのが、本堂の前にある「清水の舞台」です。
この舞台は、崖にせり出すように建てられ、高さ約13メートル、ビルの4階に相当する高さを持ちます。
清水寺の本尊である「十一面千手観世音菩薩」は、困難に直面する人々を救うとされ、多くの参拝者がそのご利益を求めて訪れます。
清水の舞台は、観音様に芸能や雅楽を奉納する場所としても知られていますが、いつしか「この舞台から飛び降りて無事であれば、願いが叶う」という民間信仰が広まりました。
そして江戸時代には、清水の舞台から実際に飛び降りる人が続出しました。
清水寺の「成就院日記」という江戸時代の記録には、元禄7年(1694年)から元治元年(1864年)までの約170年間に、234件の飛び降りがあったと記されています。
その中で、生存率は約85.4%という驚くべき高さでした。
当時は、舞台の下に木々が多く茂っており、地面も柔らかい土であったため、飛び降りた際の衝撃が緩和されたと考えられています。
このような歴史的背景を持つ清水寺の舞台から飛び降りる行為は、命がけの決断を象徴するものとなり、そこから「清水の舞台から飛び降りる」ということわざが生まれました。
このことわざは、命をかけるような大きな覚悟をもって行動することを意味し、現代でも大きな決断やリスクを伴う行動を表す際に使われます。
たとえば、「新しいビジネスを始めるのは、まさに清水の舞台から飛び降りるようなものだ」というように、結果が不確実である中で思い切った行動を取るときに使われます。
この表現には、勇気や覚悟が必要であることを強調する意味が込められています。
清水の舞台から飛び降りることの終息 清水の舞台からの飛び降りは、明治時代に至り、舞台の周囲に竹矢来(たけやらい)が設置されたことや、京都府からの禁止令が出たことにより終息しました。
それ以降は、実際に飛び降りる人はいなくなり、この行為は歴史の一部として語り継がれるようになりました。
「清水の舞台から飛び降りる」に関するQ&A
- 「清水の舞台から飛び降りる」の反対の意味・対義語は?
- 「清水の舞台から飛び降りる」を英語・中国語で言うと?
- 清水の舞台から飛び降りた際の生存率は?
「清水の舞台から飛び降りる」に関するよくある疑問は上記の通りです。
ここからそれぞれの疑問について詳しく解説していきます。
「清水の舞台から飛び降りる」の反対の意味・対義語は?
「清水の舞台から飛び降りる」ということわざは、大きな決断や覚悟を持って行動に移すことを意味します。
この表現には、結果がどうなるかわからない中で、勇気を振り絞って挑戦する姿勢が込められています。
しかし、その反対の意味、つまり慎重さや安全を重視する姿勢を表す言葉も存在します。
ここでは、「清水の舞台から飛び降りる」の反対の意味を持つ言葉や対義語について考えてみましょう。
対義語・反対の意味のことば | 意味 |
慎重を期す(しんちょうをきす) | 「慎重を期す」という表現は、物事を進める際に十分な注意を払うことを意味します。 「清水の舞台から飛び降りる」が思い切った決断を表すのに対し、「慎重を期す」はリスクを最小限に抑え、結果を慎重に見極めながら行動する姿勢を強調します。 たとえば、「新しいプロジェクトを始める前に慎重を期すべきだ」というように、結果が不確実な状況ではなく、事前にリスクを回避するための策を講じることを意味します。 |
様子を見る(ようすをみる) | この表現は、状況がはっきりするまで行動を控える、または物事の進展を観察することを指します。 たとえば、「まずは市場の様子を見ることにした」というように、新しい挑戦や決断を先延ばしにし、状況が安定するまで待つという慎重な姿勢を表します。 |
石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる) | この表現は、非常に慎重に行動することを意味し、リスクを避けるために必要以上に確認を重ねる姿勢を強調します。 たとえば、「彼は石橋を叩いて渡るタイプなので、新しいことに挑戦する前に何度も計画を練り直す」といった文脈で使われます。ここでは、リスクを極力回避し、確実な方法を選ぶことが重要視されます。 |
安全策を取る(あんぜんさくをとる) | 「安全策を取る」という表現は、リスクを避けるためにより安全な手段を選ぶことを意味します。 これは、「清水の舞台から飛び降りる」がリスクを承知の上で挑戦する行動を指すのに対し、より安全でリスクが少ない方法を選択することを強調します。 たとえば、「このプロジェクトでは、安全策を取ることが求められている」というように、挑戦するよりも失敗しないことが重要とされる場面で使われます。 |
「清水の舞台から飛び降りる」を英語・中国語で言うと?
「清水の舞台から飛び降りる」という表現は、日本語で「重大な決断をする」や「覚悟を持って大きな挑戦をする」という意味を持ちます。
このような感覚を他の言語でどのように表現するのでしょうか?
ここでは、英語と中国語でこの意味をどのように伝えるかを見てみましょう。
<英語での表現>
英語 | 意味 | 例文 |
Cross the Rubicon (ルビコン川を渡る) | 「Cross the Rubicon」という表現は、「後戻りできない決断を下す」という意味で、「清水の舞台から飛び降りる」に非常に近いニュアンスを持つ英語のフレーズです。このフレーズの由来は、古代ローマの将軍ユリウス・カエサルが、ルビコン川を渡ってローマに進軍する際に「賽は投げられた」と言い、後戻りできない状況を作り出したというエピソードに基づいています。 | He crossed the Rubicon when he decided to quit his job and start his own business. (彼は仕事を辞めて自分のビジネスを始めることを決めたとき、重大な決断を下した。) |
Shoot Niagara (ナイアガラの滝を下る) | 「Shoot Niagara」という表現は、「大きなリスクを伴う挑戦をする」という意味を持ちます。ナイアガラの滝を下るというイメージから、一度決断したら後戻りができない、そして成功すれば大きな報酬が得られるという状況を表現しています。これは「清水の舞台から飛び降りる」の意味に近いものです。 | Starting his own company was like shooting Niagara, but he did it with full confidence.(彼が自分の会社を立ち上げたことは、一か八かの大勝負のようなものだったが、彼は自信を持ってそれを行った。) |
<中国語での表現>
中国語 | 意味 | 例文 |
破釜沉舟 (pò fǔ chén zhōu) | 「破釜沉舟」という中国の成語は、「釜を割り舟を沈める」という意味で、一度決意したら後戻りせず、全力で事に当たるという意味があります。これは、楚の将軍項羽が戦いの前に退路を断つために釜を割り、舟を沈めたという故事に由来します。「清水の舞台から飛び降りる」と同様に、重大な決断を下し、全てを賭けるという状況を表します。 | 他破釜沉舟,决定全力以赴追求自己的梦想。 (彼は全力で自分の夢を追求することを決意した) |
背水一战 (bèi shuǐ yí zhàn) | 「背水一战」という表現は、「川を背にして戦う」という意味で、逃げ道を断って決死の覚悟で戦うことを意味します。これは、漢の将軍韓信が、兵士たちに逃げ場を与えず、必死に戦わせて勝利を収めた故事から来ています。この表現も「清水の舞台から飛び降りる」と似た意味を持ちます。 | 他决定背水一战,申请那个极具挑战的职位。(彼は覚悟を決め、その非常に挑戦的なポジションに応募することを決めた) |
以上のようにそれぞれの言語で、同じような覚悟や決断を表現するフレーズがあることから、人々が大きな決断をする際の感覚は、文化を超えて共通していることがわかりますね。
清水の舞台から飛び降りた際の生存率は?
「清水寺成就院日記」によれば、元禄7年(1694年)から元治元年(1864年)までの170年間に、清水寺の舞台から飛び降りたケースは234件ありました。
そのうち233人が実際に飛び降りており、1人の女性が2度飛び降りたという記録も残っています。
注目すべきは、この行為における生存率が約85%に達していたということです。
この高い生存率について、清水寺の学芸員である坂井輝久さんは、「当時、舞台の下には木々が密集し、地面も柔らかい土で覆われていたため、落下の衝撃が軽減された」と説明しています。
清水寺の舞台は高さが約13メートルあるものの、このような自然のクッションが命を救う役割を果たしていたのです。
「清水寺成就院日記」には、飛び降りた人々の年齢や性別、出身地なども記録されています。
飛び降りた人の約73.5%が10代から20代の若者で、最年少は12歳、最年長は80歳でした。
性別では男性が69.1%を占め、地域別では京都の住民が68.6%を占めていたことが分かっています。
また、飛び降りた人々の多くは一般庶民で、約7%が若い僧侶や尼僧だったという記録もあります。
のちに清水の舞台からの飛び降りは、明治時代になると禁止されるようになりました。
この時期には舞台の周囲に竹矢来(たけやらい)が設置され、京都府によって正式に禁止令が出されたため、飛び降りの行為は終息しました。
現在では、清水の舞台から飛び降りるという行為は危険なものとされ、この言葉は比喩的な意味でのみ使用されています。
この歴史的な背景を知ることで、「清水の舞台から飛び降りる」という表現が、ただの比喩ではなく、勇気や覚悟を象徴する深い意味を持っていることが理解できるでしょう。
まとめ:「清水の舞台から飛び降りる」の意味を理解しよう
「清水の舞台から飛び降りる」という言葉は、私たちが大きな決断や挑戦をするときに、その覚悟を表す非常に力強い表現です。
どんなに困難な状況でも、勇気を持って一歩を踏み出すことで、新たな道が開けることがあります。
このことわざが示すように、時にはリスクを取って行動することが成功への第一歩になるのです。
覚悟を持って行動すれば、結果は後からついてくるでしょう。
日常の中で、自分自身の「清水の舞台」を見つけ、思い切って飛び降りる勇気を持つことが大切ですね。